2009年06月14日

調味料のほか、パンなどのスプレッド、ソースの材料

調味料のほか、パンなどのスプレッド、ソースの材料、ソテーの焼き油や炒め油など、幅広く使われる。食塩不使用バターは洋菓子によく使われる。トーストやホットケーキなどに使うのも有塩のものが多いが、塩分を控えている人などや、海外の例では食塩不使用のものを使う場合もある。

そのほか、バターの中にレーズンを入れたレーズンバターもある。クラッカーの上などにそのかたまりを乗せて食べる場合などに利用される。パセリバター、レモンバター、ガーリックバターなどもあり、オードブルのほかにステーキやカレーライスなどに添えられる。
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ラーメンに使われることもある。これはラードの代わりにバターを使ったことがきっかけ。香港や台湾の「ラードごはん」のように、米飯にバターと醤油をまぶして食べる人もいる(バターライス)。

「マーガリン」は 植物油など他の材料から作られ、バターの安価な代替品として使われるケースがある。マーガリンは冷蔵庫内などの低温下において固くならない性質があり、使用し易い面がある。しかし風味の点でマーガリンはバターに及ばない。マーガリンの風味は香料であることが多いので熱を加えると飛んでしまうが、バターは熱を加えることによってかえって風味が増す。尚、近年マーガリン等に含まれるトランス脂肪酸が健康被害を与える可能性が指摘されており、その使用が制限されている地域もある。 「ショートニング」は、パンや洋菓子に加えるための専用のものである

口語ではマーガリンを指してバターと呼ぶこともあるが誤用である。また、バターを含まないが、ピーナッツバターのように用途が似ていたり、バターピーナッツなど実際にはパーム油などが使われるが、バターに似た風味を持たせた食品に名前が使われることもある。マーガリン等と区別する為、本来のバターを「本バター」と呼称することもある。

その他の類似のものとして、ジアセチルという食品用香料もあり、バター風味のポップコーンなどに多く用いられている。

2007年末から、バターの原材料である生乳(酪農家が牛から搾る乳)生産量の減少によりバター不足が業界各メーカーで発生している。これは以前の牛乳余剰を原因とする2006年度からの生産調整で乳牛が削減されているのに加え、猛暑で生産が減少したためである。各メーカーでは出荷数量の制限や価格の改定を実施している。

小売店においても特売の減少や一人当たりの購入数量の制限、在庫切れによる販売中止など、一般消費者にも影響が生じている。またバターを使用したケーキ類の値上げなどの影響も出た。

これらのバター不足に対して当時の農林水産大臣若林正俊は、乳業メーカーに対し、バターの増産を要請した。また、農畜産業振興機構は業務用の冷凍バターの輸入を前倒しして実施し、追加輸入を行う等の対策を行った。これらの対策の結果、現在ではバター不足は収まってきている。

2009年05月29日

兄の信康や秀康、弟の忠吉などは

武勇や知略に恵まれた名将と評価されている。事実、信康は武勇に優れ、秀康も豊臣秀吉にその人物を評価され、忠吉も関ヶ原の本戦で島津豊久を討つという武功を挙げている。それに対して秀忠には、武勇や知略での評価は乏しい。ただし、秀忠は2代将軍だったため、後半部分で秀忠は温厚な人物だったと弁護している。しかし、当の徳川氏による史書でさえ、秀忠の武将としての評価は低かった。
ただし、大坂の陣の後のことであるが、弟義直と共に能を観劇している最中に地震が起こり、周囲がパニックを起こしかけた時に「揺れは激しいが壁や屋根が崩れる兆候はない→下手に動かないほうが安全」と素早く対応を指示して混乱と被害を抑えている。武将としての評価が低いとはいっても、統率力と状況観察力の点では及第点レベルであったと思われる。
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公家諸法度、武家諸法度などの法を整備、定着させ、徳川幕府の基礎を固めた為政者としての手腕を、高く評価する意見もある。秀忠に将軍職を譲った後の家康がそうであったように、家光に将軍職を譲った後の秀忠も、大御所として全面的に政務を見ている。海音寺潮五郎は、「家康は全て自分で決めた。秀忠はそれには及ばなかったが半分は自分で決めた。家光は全て重臣任せであった。」と評している。
秀忠は恐妻家であり、正室のお江の方には頭が上がらなかったとされている。気性の荒い妻の影響で側室を持つことが許されなかったという俗説が一般的だが、秀忠はお江の方を愛し敬い、彼女もそれだけの魅力のある女性ではあったようだ。一度だけ江戸城の女中だった静に手を出した際も、正室からの追求を恐れて、静を正式の側室にはしなかった。生まれた子供(保科正之)にも一切面会せず、そのまま保科家に養子に出し、江の存命中は正之を実子として認知することもなかった。

2009年04月25日

ミトラダテス4世

ミトラダテス4世(Mithradates IV、? - 140年、在位:129年 - 140年)は、アルサケス朝パルティアの王。パルティア西部を支配した王オスロエス1世の勢力を継承した。

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来歴
ヴォノネス2世の息子であり、ヴォロガセス2世、パコルス2世、オスロエス1世の兄弟に当たる。兄オスロエス1世とともにパルティア西部で勢力を振るい、東部を支配する王ヴォロガセス3世に対抗したが、アルメニア王国の王位継承を巡る問題からローマ帝国の皇帝トラヤヌスの侵攻を受け、首都クテシフォンをはじめ全バビロニアがローマに占領された。

ローマの手で傀儡王パルタマスパテスがパルティア王となったが、オスロエス1世、ミトラダテス4世、そしてミトラダテス4世の息子シナトルケス2世はこれに反発して抵抗を続けた。117年にローマの新皇帝ハドリアヌスがバビロニアを放棄すると、兄オスロエス1世はパルタマスパテスを破ってバビロニアの支配権を回復した。

129年、オスロエス1世が死去するとミトラダテス4世はその後継者としてパルティア王となった。東部の王ヴォロガセス3世はアラン人との戦いに奔走していたが、トラヤヌス戦などの影響でミトラダテス4世の不利は如何ともし難く、またその後もローマとの戦いに明け暮れた。

彼は息子シナトルケス2世を後継者に指名したが、対ローマ戦の最中シナトルケス2世は戦死し、ミトラダテス4世もまた、140年にローマ領コマンゲネを攻撃した際に戦没してしまった。この結果パルティアの大部分がヴォロガセス3世の支配下に入った。

しかし、ミトラダテス4世の別の息子ヴォロガセス4世は、ヴォロガセス3世の死後権力を握る事になる。


2009年04月09日

明楽

明楽(みんがく)とは、江戸期に明朝から日本に伝えられた廟堂(びょうどう)音楽の名称である。

 明楽の伝来は、明国の魏之琰(ぎしえん)(1617年?-1689年)の帰化にさかのぼる。福建省福州府福清県の出であったが、明末清初の戦乱を避けて安南国、後に東京(トンキン)国へと赴き、長崎との白糸の交易の船主となって、富を築いた。正保四年(1637年)には長崎に崇福寺の建立に多大な寄進をして四大檀越すなわち魏王何林の一つに名を連ねた。彼は交易に携わる傍ら、明国の宗室や廟堂の音楽に造詣が深かったが、それらの音楽を長崎で一族郎党を率い演奏していた。彼は願い出て上京し、延宝元年(1673年)には内裏で演奏するなど、明楽は広まりを見せた。延宝七年(1679年)には長崎奉行に許されて日本に帰化し、福建の出身地から鉅鹿(おおが)姓を名乗った

魏之琰から四代目にあたる魏皓(ぎこう)(1728年?-1774年)(魏君山。鉅鹿民部規貞)は、特に秀でた音楽の才能を持っていた。彼は家督を継ぐ事を好まず、また自分の家の中だけで伝承されていた明楽を世に広めたいと考え、京にのぼり諸侯の前で明楽を奏した。また姫路藩主の酒井雅楽頭の扶持も受け、一時は百人もの弟子を抱えまでになり、広く明楽を貴族階級、武士階級に広めた。明和5年(1768)、魏皓は明楽の曲を工尺譜(こうせきふ)で書き表し、門人のための教科書『魏氏楽譜』を刊行した。魏氏伝来の楽曲は全部で243曲の多きにのぼったが、そのうち魏皓が生前に門人に伝授した曲は半分の百余曲で、『魏氏楽譜』に収録されたのはさらにその半分の50曲のみであった。高弟の跋文によると続刊を刊行する計画があったようだが、魏皓が死去したため、残念ながら50曲のみで刊行終了となった。魏皓の没後、安永9年(1780)には、弟子によって『魏氏楽器図』が刊行された。

 江戸時代の日本には、上述の「魏氏明楽」とは別系統の「別伝の明楽」も存在した。例えば、朱舜水が伝えた明楽が梁川藩で伝承されていたことを示唆する記録もある(『音楽雑誌』第二拾五号、1892年)。また『明楽唱号』(編者不詳)や『唐音和解』、『雅遊漫録』付録「笛譜」にも明楽の簡単な楽譜が載っている。が、これら別伝の明楽は「魏氏明楽」の影にかくれて、あまり世に知られなかった。そのため日本で単に「明楽」と言えば、もっぱら魏氏の明楽を指す。

 明和年間(1764年?1772年)に最盛期を迎えた明楽は、清楽(しんがく)の流行に押されて急速にすたれ、その一部は清楽に取り入れられた。清楽と合わせて明清楽(みんしんがく)と呼ばれることも多いが、「明清楽」という呼称は、事実上清楽だけを指す場合も多いので、注意を要する。

 清楽はソロでもアンサンブルでも演奏・歌唱を楽しめる軽音楽であり、身分制度が厳しかった江戸時代でも、百姓町人から大名まで身分の上下を問わず楽しむことができた。いっぽう明楽は、武士や儒学者などが集団で演奏・斉唱する雅楽であり、実演にあたっては高度な集団訓練と相当の経費を必要とした。明楽は、姫路藩のような大藩がパトロンとなってはじめて維持できる上流階級の音楽であった。このような条件的制約も、明楽が清楽に押される一因となった。

 明楽も清楽も、中国伝来の音楽であったが、その風格はまったく違う。明楽は明朝時代の荘重な廟堂音楽ないし雅楽であるが、清楽は清朝時代の軽妙な通俗音楽で、曲目も楽器の編成も異なる。西洋音楽でたとえれば、クラシックとポピュラーほども違う。

 明楽は男子の斉唱を主体とし、伴奏楽器で歌唱の旋律を支える。最低でも十名以上、通常は二十数名で斉唱・合奏する。歌詞は漢詩や唐宋詞と共通するものが多く、日本でもそれを唐音で歌った。声楽が主体だが、それにあわせて器楽で伴奏し、舞いも踊られた。当時の日本では、雅楽などの例外をのぞけば、これだけ大規模な楽隊編成は他になかった。仏教の声明(しょうみょう)音楽に器楽演奏を添えたような感じの、力強く荘重な音楽であった。


 明楽で使う楽器は「管四、弦三、打四」であった。
  管楽器:巣笙(そうしょう) 觱篥(ひつりつ) 龍笛(りゅうてき) 長簫(ちょうしょう)
  弦楽器:小瑟(しょうしつ) 琵琶 月琴
  打楽器:太鼓 小鼓(しょうこ) 雲鑼(うんら) 壇板(だんばん)


 巣笙と觱篥は、それぞれ日本の雅楽の笙と篳篥(ひちりき)にあたる(ただし、楽器のサイズや形状が微妙に違い、それにともない音色もやや異なる)。龍笛は薄い笛幕(てきまく)を穴に張ったいわゆる明笛(みんてき)で、長簫は日本の尺八を細く長くしたような形の洞簫である。
 琵琶は現代中国のものにくらべると薄く華奢な作りである。明楽の月琴は、長いさおをもつ阮咸(げんかん)のことである。清楽や現代中国の「月琴」と名前は同じでも、実際は違う楽器を指すので、注意を要する。
 明楽で使用する弦楽器は撥弦楽器のみである。清楽と違い、胡琴(いわゆる「二胡」など)のような擦弦楽器は使用しない。
 幕末から明治にかけて、明楽は絶滅寸前の状態であった。不幸中の幸い、明治年間に音楽取調掛(東京芸術大学の前身)が、鉅鹿氏の子孫から明楽の楽器や楽器図、楽譜図などの資料をまとめて購入したおかげで、明楽の資料は比較的よく残っている(現在これらの資料は東京芸術大学が所蔵)。

 上述の『魏氏楽譜』には、「江陵楽」「蝶恋花」「喜遷鶯」「陽関曲」「賀聖朝」「昭君怨」「如夢令」など五十曲の楽譜が収録されている。唐宋の詩詞と同題名の曲も少なくない(例えば「陽関曲」の歌詞は、王維の七絶である)。今日の楽譜と違い、楽譜の肝心な部分は、弟子が肉筆で加筆するようになっている(師匠に手続きをふんで入門し、門人にならないと、楽譜を教えてもらえない仕組みになっていた。こうしたことは、江戸時代の芸道では、よく見られた)。

 日本では明楽の楽器の現物のセットと『魏氏楽譜』という完備した楽譜が残っているのに対して、中国本土では明楽についての資料はほとんど残っていない。そのため『魏氏楽譜』(に書き込まれた楽譜)は、中国本土の音楽研究者にとっても第一級の資料となっている。

 現在、明楽は東京の湯島聖堂などで、坂田古典音楽研究所による再現演奏が行われている。

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2009年03月25日

全車両が関西に本社を置く大手私鉄

電車・気動車 [編集]
現在在籍している電車は、全車両が関西に本社を置く大手私鉄からの譲渡車である。全て特急運用の実績がある車両で、運用は大井川本線のみ。

電化後間もない頃は国電の払下げ車両と、西武鉄道からの譲受車両のみで構成されていた。しかし、次第に様々な鉄道から車両を譲受していくようになる。以前はクリームと赤(一部車両は青)の独自の車体色を有していたが、最近では譲受車両に動態保存の意味も込めているため、オリジナルの車体色のまま運用されている。現在の在籍車両は以下の通り。なお、電力事情の関係で高性能車の加速性能はいずれも吊り掛け車並みに下げられている。

16000系 - 元近鉄南大阪線・吉野線の特急車。トイレの閉鎖とワンマン化改造が行なわれた以外はほぼ近鉄時代のまま使われている。3編成が在籍し、現在の大井川本線の主力となっている。
3000系(2代) - 元京阪本線の特急車。京阪時代「テレビカー」という愛称で親しまれていたが、テレビは入線時に撤去されている。軌間の違いにより京阪より譲り受けたのは車体のみで、台車は元営団地下鉄(現・東京メトロ)5000系のものである。
421系 - 元近鉄名古屋線の特急車。名古屋線近鉄名古屋駅 - 伊勢中川駅間の改軌後、急行用に格下げのうえ中央部に両開きのドアを設置して使用されていたが、後に狭軌に戻され養老線に移籍していた。冷房を装備していないので予備車となっている。主に他車両の検査で車両不足が生じたときなどに運用される。
21001系 - 元南海高野線の急行用車両。通称「ズームカー」。扉間に転換クロスシートの残っていた第1・第2編成の先頭車を譲り受けた。車内に清涼飲料の自動販売機が設置してある。

過去の車両 [編集]
電車
モハ200形201・202 - 元鳳来寺鉄道モハ10形10・豊川鉄道モハ10形13→国鉄モハ10形10・13。
モハ300形301・302 - 元鉄道省デハ33500形33509・33510→鉄道省モハ1形1035・1036→三信鉄道デ300形デハ307・308→国鉄デ301形クデハ307・308。
モハ300形303 - 元豊川鉄道モハ30形モハ32→国鉄モハ1611。
モハ300形304 - 元武蔵野鉄道デハ5550形5551→モハ231形231。
モハ300形305・306 - 元富士身延鉄道モハ110形113・110→国鉄モハ93形93009・93006→国鉄モハ1200形1208・1205。
モハ300形307 - 元西武鉄道(初代)モハ550形558→西武鉄道モハ151形159。
モハ300形308 - 元南武鉄道モハ150形153→国鉄モハ2000形2002。
モハ300形309 - 元愛知電気鉄道デハ3300形3302→名古屋鉄道モ3300形3302の車体とモハ302の主要機器を組み合わせて新製扱いとしたもの。当初はモハ302(2代目)として竣工。
モハ310形310 - 元名古屋鉄道モ3800形3805。
モハ300形311 - 元鉄道省モハ50形50020→国鉄クモハ11形11424→西武鉄道クモハ371形374。
モハ300形312・313 - 元西武鉄道クモハ351形366・361。2007年5月現在、1編成が千頭駅に留置されている。
クハ500形501 - 元武蔵野鉄道サハ121形121→西武鉄道クハ1201形1209→大井川鉄道クハ30形クハ31。
クハ500形502 - 元宮城電気鉄道モハ601形602→国鉄モハ2310形2310。
クハ500形503・506 - 元三信鉄道デ301形デハ304・305→国鉄デ301形デハ304・305→国鉄デ301形クデハ304・305→国鉄クハ5803・5804。
クハ500形504 - 元武蔵野鉄道サハ5650形5651→モハ231形234。
クハ500形505 - 元富士身延鉄道クハユニ300形303→国鉄クハユニ95形95004→国鉄クハユニ7200形7203。
クハ500形507 - 元西武鉄道(初代)モハ550形559→西武鉄道モハ151形160。
クハ500形508 - 元愛知電気鉄道サハ2040形2045→名古屋鉄道モ3350形3359の車体とモハ201の機器を組み合わせてモハ201の改造名義で竣工。
クハ510形510 - 元名古屋鉄道ク2800形2805。
モハ1000形1001 - 元伊豆箱根鉄道モハ1000形1001。クハ2000形2001とペアを組んで使用された。
モハ1100形1105 - 元岳南鉄道モハ1100形1105。汽車製造が試作したスキンステンレス車の1105だけが移籍してきた。現在は千頭駅に留置されている。
モハ1900形1906 - 元小田急電鉄デハ1900形1906 。6000系の牽引用として1両のみ譲渡された。
クハ2000形2001 - 元伊豆箱根鉄道モハ1000形1002。電装解除の上でモハ1001とペアを組んで使用された。
クハ2800形2822・2829 - 元名鉄ク2800形2822・2829。
モハ3000形3001・3002・3004・3005 - 元小田急電鉄デハ3000形3001・3002・3004・3005。元小田急電鉄の特急車。サハ3003を含む5車体連接車であった。
サハ3000形3003 - 元小田急電鉄サハ3000形3003。元小田急電鉄の特急車。
モハ3800形3822・3829 - 元名鉄モ3800形3822・3829。
モハ6010形6011 - 元北陸鉄道クモハ6010形6011。旧型車の機器流用によるアルミ車で同系のクハ6061とペアを組み、「しらさぎ」という愛称を持っていた。廃車後、クハ6061と共に2005年にゆかりの地である山中温泉の「道の駅山中温泉 ゆけむり健康村」で保存されている。
クハ6050形6051 - 元北陸鉄道クハ6051形6051。北陸鉄道では加南線でクモハ6001とペアを組んで「くたに」という愛称を与えられて運行された。大井川鉄道での愛称は「あかいし」。
クハ6050形6052 - 元北陸鉄道クモハ6001形6001→大井川鉄道モハ6001形6001。上記クハ6051とペアを組む電動車で、北陸鉄道初の高性能車であった。大井川では架線電圧の昇圧改造が機器の関係で困難であったことから当初より電装解除されてクハ扱いで使用され、1978年に正式にクハとされた。
クハ6060形6061 - 元北陸鉄道クハ6060形6061。上記モハ6010とペアを組む旧型車の機器流用によるアルミ車。廃車後の処遇はモハ6011と同様。
気動車
キハ10形11 - 元越生鉄道キハ1形3→東武鉄道キハ1形3。
キハ50形51・52 - 自社発注車。1930年雨宮製作所 製。初のガソリンカー。
キハ50形54・55 - 自社発注車。1931年日本車輌製造製。55は53を改番。
キハニ100形101 - 自社発注車。1936年日本車輌製造製。唯一の2軸ボギー式ガソリンカー。

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2009年03月09日

ウィーン・フィルハーモニーの誕生

このオーケストラの発祥は1842年3月28日、ケルントナートーア歌劇場(ウィーン宮廷歌劇場、後のウィーン国立歌劇場)の楽長で作曲家でもあったオットー・ニコライが、レドゥーテンザールにて歌劇場付属の管弦楽団を指揮した「フィルハーモニー・アカデミー」というコンサートとされる(曲目はベートーヴェンの交響曲第7番など)。このウィーン宮廷歌劇場のオーケストラが、モーツァルトやベートーヴェンらウィーン古典派の交響曲などを演奏するために演奏会を開くという試みはすでに何度か行われているが、いずれも運営上の問題で長くは続かなかった。しかし、この「フィルハーモニー・アカデミー」と呼ばれるコンサート(当時はアカデミーと呼ばれていた)が11回連続して行われ、同時に「全ての面において自主的に運営される」、「全ての決定が楽員の総会によって行われる」などの原則が確立されたことが、ウィーン・フィルハーモニーの誕生といえる。

1847年にニコライがウィーンを去ってしばらく活動は停滞したが、1860年にカール・エッケルトが宮廷歌劇場の監督に就任し、1860年1月15日にケルントナートーア歌劇場にて定期演奏会を指揮し、以来現在まで演奏会が継続している。

1870年には楽友協会大ホールが完成し、1870/1871年のシーズンから本拠地となった。1875年から1882年にかけて、ウィーン・フィルのホルン奏者の出身である高名な指揮者ハンス・リヒターを定期演奏会の指揮者(首席指揮者)として迎え、リヒターを中心とした家長的な温かい雰囲気の中でオーケストラは大きな発展を遂げた(『ウィーン・フィルハーモニーの黄金時代』と呼ばれる)。リヒターはブラームスの交響曲第2番、第3番、ブルックナーの交響曲第8番をウィーン・フィルハーモニーで初演している。

リヒターの後任としてグスタフ・マーラーが首席指揮者に就くと(1898年 - 1901年)、その妥協を許さない狂熱的かつ革新的な姿勢で楽員としばしば衝突し、マーラーに反対したリヒター時代からの古参楽員は引退に追い込まれ、若い優秀な楽員への大幅な入れ替えがあった。定期演奏会でのマーラーのプログラムはモーツァルトやベートーヴェンが主で、ベルリオーズの『幻想交響曲』やドヴォルザークの交響詩等も採りあげていたが、自作はとりあげなかった。1900年のパリ万国博覧会でも、マーラーの指揮のもと演奏を行った(これがウィーン・フィル初の国外公演でもあった)。オーケストラとの関係悪化によりマーラーが退任した後、コンサートマスターで作曲家でもあったヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世(1901年 - 1903年)が首席指揮者に就任するが、長くは続かなかった。
ナーゼ リズム チェリ ゲバラ 津田かぶ ハニカム ロジック ニーネ フィギ メートル ドニヒリズム チェーサー はこべ ジレン ジェミニ 次郎柿 ブリク テクノロ きない ニップレス ケイン そらの木 ギリソウ カレッ ヤルタ ミムルス 希望の橋 イメクラダ ブック ナチス ラーメ 幸福 ローボール かっさい シュリン オステ けたあみ バシリ ノニオ スイレ かめだ 西条柿 テント 小指 サイトミニ ばれいし デジパー ドライ マグネット バロメ

その後数年間客演指揮者制となり、世界的に声望のある指揮者陣、フェリックス・モットル、エルンスト・フォン・シューフ、アルトゥール・ニキシュ、カール・ムック、リヒャルト・シュトラウス、若き日のブルーノ・ワルターなどが定期演奏会の指揮台に立った。1908年にフェリックス・ヴァインガルトナー(1908年 - 1927年)が宮廷歌劇場の総監督に就任すると同時にウィーン・フィルの首席指揮者として迎えられ、以後19年間にわたって輝かしい芸術的成果を上げる。同年にウィーン・フィルは公式に認可される協会組織となり、名称も新たに"Wiener Philharmoniker"となった。1922年夏にはヴァインガルトナーの指揮で初めて南アメリカへ演奏旅行を行い大成功を収めた。またザルツブルク音楽祭(ウィーン・フィルと同じく1842年に創設)においてオペラとコンサートの両面で活躍し、音楽祭の中心的な存在となる。このザルツブルクでの活動は国立歌劇場総監督のフランツ・シャルクとブルーノ・ワルターの貢献に拠るところが大きい。

ヴァインガルトナーの後任の首席指揮者としては、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者も兼任していたヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1927年 - 1930年)が就任するが、ベルリンでの活動に専念するため数年で退任。国立歌劇場総監督に就任したクレメンス・クラウス(1930年 - 1933年)を首席指揮者に迎えたが、クラウスが失脚してウィーンを去った後はかつて1903年〜1908年に行ったように、楽員の投票によって定期演奏会の指揮者を招聘する客演指揮者制となった。当時、折からの世界恐慌で演奏会の切符の売り上げが極度に落ち込み、楽員の内輪で切符を売りさばかなければならないほどだったが、客演指揮者制に移行してアルトゥーロ・トスカニーニ、ブルーノ・ワルター、ハンス・クナッパーツブッシュ、オットー・クレンペラー、カール・シューリヒト、ヴィクトル・デ・サバタなど多彩な大指揮者たちが定期演奏会に登場することによって、そうした事態も解消された。

2009年02月21日

節子がニューヨーク旅行中に突然死亡する

岡倉夫婦
節子がニューヨーク旅行中に突然死亡する。近所に住む節子の親友タキがおかくらを手伝うことになる。一人になった大吉は深夜急に気分が悪くなり救急車で運ばれる。5人の子供たちはそれぞれ心配する。ハワイから珠子が大吉の70歳の古稀を祝うため帰国する。珠子はニューヨークから宛てた節子のメールを披露する。
野田家
武志は進学せず静岡の自動車整備工場に就職する。そして既に妊娠している佐枝と結婚する。弥生夫婦は自分たちの孫でない子供が生まれることに失望する。しかし、佐枝の気だての良さに気付き二人の子供の出産を祝福する。一方、あかりは秋葉家で過酷な農作業に従事していた。夫の和夫は水耕栽培に農家としての夢を賭ける。その資金をタキが出資するという。
小島家
眞はインターネットにのめりこみ、高校進学をしないと言い出す。久子家族が去った後には離婚した邦子家族が住んでいた。邦子は生活のためクレーン車の免許を取り働き始める。そこで離婚して一人暮らしの野々下と知り合い結婚する。母親に捨てられた野々下の娘の加津が現れる。野々下が引き取ることを邦子が拒否したため、五月夫婦が面倒を見ることになる。
高橋家
亨は自然食品の店をやめてハワイでホテル経営を始める。文子は亨と協議離婚する。しかし、望が起こす問題を文子一人では解決できない。そこへ亨の友人宗方が現れる。宗方は離婚した二人の仲を元に戻そうと画策する。望が別れた夫の亨と隠れて会っていることに文子は愕然とする。望の問題を話し合っていくうちに文子は亨ともう一度やりなおす気持ちになる。
葉子
葉子は太郎の妻・美智と会う。美智は二人の交際を非難するどころか、自分が山口家の嫁として不出来なことを詫びる。葉子は美智に自分の仕事を手伝うことで視野を広げることを提案する。
本間家
長子は一人暮らしになった大吉を心配して一緒に暮らし始める。しかし、常子は英作を婿に取られたようで気持ちが納まらない。常子は神林と交際を始める。英作は母親が父親以外の男と付き合うことが許せずに悩む。常子は本間病院の跡継ぎとなるよう英作に何度なく強要していたが、妹の由紀が失恋を機に病院勤めをやめて本間病院に戻る。
富有柿 クイッ リブート フットサ ラインス メスズ ファズ検索 ドックス イエロ ウィン だんがい ダーティー セント テープ サーチケ パラノイ モーゲージ ユーロ ムード ニュース チロロ レチノ サキソニ リピー プブック ヘデラ みそぎ タンバ 天王寺 火の鳥 イツァ タンタル はしゅ バイヤヤー レディネス フライト スロイス トレモロ 超特急 こたん はたけやま 応和 サウス テーベ シャレ トゴス スコッチ リーデー オフェンス ゲンノシ

第5シリーズ
岡倉大吉とおかくら
おかくらにタキの息子の青山久光が現れる。インドで絵を描いてきたというので、おかくらの店舗で個展を開く。タキは久光と葉子の結婚を危ぶみ、二人の結婚を阻止する。
野田家
良はリストラ担当重役として同僚社員の首切りを行う。そして自分自身も会社に辞表を出す。あかりは妊娠し病院に入るが、姑の満枝に甘えていると嫌味を言われる。出産を終えたあかりは息子勇気を連れて東京に戻る。水耕栽培の夢を捨てた和夫を許せず、離婚を決意する。
小島家
愛は親に隠れてコンパニオンのバイトを始める。そこで城代正則と知り合い交際を始める。最初は反対していた五月と勇であったが、勇が城代の父親に惚れ込んでしまい逆に愛に早く結婚するように勧めるまでになる。聖子はキミのご機嫌取りに励んでいたが、ある日銀行通帳と印鑑を渡された時に魔が差し、預金を引き出して逃亡する。眞はインターネットにはまったまま高校進学に悩む。ネットで知り合ったサチに説得され高校受験を決心する。眞は従兄弟の隆と同時期に受験するが、隆は落ちてしまう。隆は荒れて野々下を父親として認めないという。邦子は全て眞と五月が悪いと罵る。隆は高校に進まずに水道工事屋になるというが邦子は外聞が悪く、それを許さない。加津は眞の同級生で、父親に捨てられた森山壮太が気になる。
高橋家
文子は旅行代理店を開くために資格を取ろうとする。努力の結果、旅行業務取扱主任となった文子は望を大吉に預けて南米に視察旅行に出かける。亨は文子が旅行代理店を始めることに反対する。
葉子
葉子のところには太郎の母政子が押し掛けてきて同居する。太郎の嫁の美智と顔を合わせたくないからである。政子はお気に入りの宗方を葉子と結婚させて、3人で暮らすことを望んだ。一方、葉子はタキの息子久光に惹かれていく。
本間家
英作は妹夫婦が大阪の本間病院を継いだことで自分の不甲斐無さに悩む。由紀夫婦と暮らしていた常子が折り合いが合わずに東京に出てくる。一度は由紀と和解し大阪に戻るが、今度は由紀が常子とは一緒に暮らせないので病院を出て行くと長子夫婦のところに相談に来る。

第6シリーズ
岡倉大吉とおかくら
大吉は行くあてのない森山壮太をおかくらで雇う。タキは調理師免許の試験を受けて合格する。壮太の父がおかくらを訪ねて来て、高校を続けさせたいという。しかし、壮太は立派な板前になることが夢だと言って断る。
野田家
あかりは息子の勇気と二人で自立して生活するために、おむすびの移動販売を考える。元の夫和夫が現れて復縁を願うが頑として聞き入れない。良と弥生のごはんやは順調に営業していたが、突然良は経営困難になっている会社の女社長の手伝いをすると言って仙台へ行ってしまう。二人の仲を心配した良の母ハナは自ら説得して連れ帰ると仙台へ旅立つ。
小島家
五月のところへ健治が結婚するといって光子を連れてくる。やり手の光子は幸楽の弁当販売の得意先を増やし始める。眞と加津は行方不明になった森山壮太を見つけ出し、大吉に身の振り方を依頼する。ニューヨークから健治と久子の娘である加奈がやってきて幸楽をかき回す。久子の境遇が心配になったキミは単身ニューヨークに渡る。そして小さな喫茶店を開く開店資金として2000万円を渡す。それに不満を持った勇はバーのママ里美の元に毎晩通い続け、仕事に手がつかなくなってしまう。加津がインターネットに書いていた小説が認められ、単行本として出版される。大きな話題になり、幸楽にファンの客が押し寄せる。古い旅館で仲居をしている加津の母もその本を知り、加津と会うためにインターネットで連絡をとり始める。愛はアナウンサーを目指し、城代に英語のレッスンを頼む。そして両親に内緒で放送局にADとしてアルバイトに行く。
高橋家
望が自分の娘にストーカーをしていると金田利子が訴えてきた。実は音大を目指す友人同士だった。それを機会に文子と利子は仲良くなる。
葉子
葉子はいまだに政子と暮らしている。仕事の関係上、宗方との付き合いはあるが結婚までは踏み込めない。仕事以外のことに時間を取られることがいやなのである。宗方もそれを理解しつつも、葉子にプロポーズする。太郎の妻美智は自分の存在が太郎の邪魔になると考え、離婚を申し出る。しかし、太郎も葉子もその必要はないと美智を説得する。葉子は宗方のプロポーズを断る決心をする。
本間家
英作は病院をやめて救急センターで働いていた。しかし、激務のため身体をこわし入院する。常子は日向子を本間病院の後継ぎにしようと教育熱を上げていたが、由紀の妊娠を知り手のひらを返すように日向子への関心をなくす。由紀の夫伸彦は、出産と子育てのために仕事ができなくなる由紀の代わりに自分の姉を本間病院に入れるという。しかし、由紀も常子もそれを伸彦の本間病院の乗っ取りと疑う。

第7シリーズ
岡倉大吉とおかくら
おかくらに壮太の父が現れる。金持ちの会社経営者と再婚するので壮太を引き取りたいという。しかし、壮太は板前を続けたいと言って断る。葉子の結婚がとうとう決まり、岡倉の名前とおかくらの店を継ぐ者がなくなったため、大吉は意欲をなくし店を続けていくことを迷う。
野田家
あかりの元へ和夫が訪れる。いわきの土地家屋は全て処分したので、これからは東京で一緒に暮らしたいという。しかし、あかりは固辞する。希望をなくし和夫は自殺を図る。孫の勇気が和夫を慕う姿を不憫に思い、弥生と良はごはんやで和夫を雇う。勇気が幼稚園に入りたいと願っていることを知り、和夫と弥生夫婦はあかりを説得するが、あかりは承知しない。やっとのことで勇気を幼稚園に入園させる。父親を慕う勇気を見ているうちに、いつしかあかりは和夫を許すようになる。あかりが和夫に復縁話を持ち出した時、和夫は自分の父親としての役目は終わったと言ってあかりのもとを去る。
小島家
健治のケータリング事業が伸びていた。しかし、無理な営業がたたってか食中毒事件に巻き込まれる。愛は銀行へ就職する。そして一人暮らしをしたいと家を出て行く。しかし銀行の上司とのセクハラ事件に巻き込まれ窓口業務をはずされたことで希望をなくし銀行をやめる。インターネットを使ったホームページ製作の小さな会社を仲間と作るが回転資金が用意できず倒産させる。失意の愛は城代正則との結婚を決断するが、城代は既に別の女性との結婚を決めていた。加津は母親と連絡を取っていたことを野々下に知られる。加津の母みのりは旅館をやめて東京に移り、老舗の和菓子屋に住み込みではたらく。そしてそこの女主人に気に入られる。キミは脳梗塞を患い不自由な身体になる。一緒にリハビリをしようと久子がアメリカから迎えに来る。
高橋家
音大を目指しているはずの望は路上ライブをやっていた。文子は驚くが、望は大学へは行かずにプロのミュージシャンになると言い出す。
葉子
葉子は仕事の便宜上、宗方と付き合い続けていた。しかし、政子や宗方との関係を清算しようとした時、宗方の膵臓ガンが発見される。病気を隠し通すために葉子は宗方との結婚を決意する。葉子の努力の甲斐あって、宗方の手術は成功し全快する。しかし結婚したとたん、政子と宗方の嫁としての役割を求める無言の圧力を感じ、葉子は宗方との結婚を後悔する。
本間家
大阪から由紀がやってきて、伸彦とその姉が本間病院の経理を一手に握り、利益を持ち出して姉名義の新しい病院を作っていると訴える。そして由紀は伸彦との離婚を決意する。常子は行き場を失い、神林からの求婚を受けることを決める。英作はそれが面白くない。長子は婿同様の気分で岡倉家で小さくなっている英作のために近所に小さなマンションを借りる。

第8シリーズ
岡倉大吉とおかくら
勉が結婚のためおかくらを去る。翻訳家としての才能に限界を感じた長子がおかくらを手伝い始める。壮太の父が再婚相手の死をきっかけに自殺を図る。壮太はおかくらを辞めて、ホストになる。
野田家
良はごはんやでの仕事は終わったと言って、今後は自然を相手にできる庭師になるという。弥生もごはんやの仕事に疑問を持ち、結婚前に看護師だったことを生かして幼稚園でボランティアを始める。あかりは息子勇気の幼稚園の友達はるかを通じて、その父親浅田和久と知り合う。お互いに子供を持つ親ということで、二人は好意を抱き始める。
小島家
姑キミの代わりに幸楽の経理を見ると言って、アメリカから小姑の久子が帰ってくる。健治夫婦はケータリング事業を独立させて幸楽を出て行く。しかし、久子は裏で資金を健治に渡し、ケータリング事業の乗っ取りと健治との復縁を画策する。愛は派遣の仕事で忙しい毎日だったが、そこで知り合った田口誠と結婚しすぐに妊娠する。眞は同級生の吉野杏子と仲良くなり、あちこちに遊びに出かけるようになる。そんな眞を加津は妬ましく思い、悩みを募らせる。
高橋家
息子の望がハワイの大学に転学すると言って、日本から出て行く。一人になった文子は寂しさのあまりアルコール依存症になって荒れた生活を送る。友人の金田はそれを心配し大吉に相談する。
大原家(葉子)
宗方との生活に不満を持った葉子は離婚を決意する。そして、仕事仲間の若い大原透と暮らし始める。すぐに妊娠するが、離婚直後なので婚姻届を出すことができない。妊娠中にも拘らず葉子は仕事三昧の生活を送り、周囲を心配させる。
本間家
長子は翻訳の仕事をやめて、おかくらを手伝う。大阪の本間病院の経営状況が悪化したため、常子は由紀に会いに大阪へ戻る。英作も東京の病院を辞めて本間病院の建て直しに奔走する。しかし、本間病院は倒産してしまう。倒産後、由紀は英作を頼って東京に移住する。

2009年02月05日

サムライスピリッツ 天草降臨

略称は『天』など。基本的には前作のシステムを踏襲しつつ、空中ガードや怒り溜めの廃止など、システムが変更。また、連斬という連続技システムが導入されている。
天の浮橋 ワインレッド ルバーブ 優しい響き マナー スピネル うむら タルブロク ドライブ ドマリエ スペツナズ シルク ダンネージ タイフーン かきょう ストリ 薪の音 次世代 スコア ロッジ まいこ ギャンブ リプリン リマーク しまやま フィト マリッジ ラニン オダマキ ジンバク ステップ フリー ストック ムッシュー かまど シンボリ トルクア ブルネイ メクチュ ライト ノッブ ソンブ 道のつづき ミノス マキシム データ ラチア ビンゴ シャド マキザサ

本作のストーリーは「『斬紅郎無双剣』の後、『真』の前の話」という設定になっている。また本作のCPU戦はタイムアタックとなっており、一定時間内(キャラクターによって異なる)で6人のCPUを倒さないと、各プレイヤーキャラクターに設定されたライバルキャラクターが天草(悪)を倒してしまい、ライバルキャラクターとの戦いの後はバッドエンドとなる。6人のCPUを規定時間内に倒した後で「天草(悪)」、「壬無月斬紅郎」、「ライバルキャラクター」と続けて戦い、この3人を倒せばグッドエンド(キャラクター別のエンディング)となる。

ストーリーの中心は「風間兄弟」(蒼月、火月)で、特に弟の「風間火月」はこの作品の主人公でもある。にもかかわらず、やはりプレイヤーセレクトでは、1P側の初期カーソルは「覇王丸」に合わせられている(2P側の初期カーソルも覇王丸に合わせられている)。

『斬紅郎無双剣』に引き続き「ナコルル」と「リムルル」は胴体切断が起こらない(ついでに断末奥義の条件を満たしても断末奥義フィニッシュは出来ない)。

PS版『サムライスピリッツ 天草降臨スペシャル』では使用キャラクターに「チャムチャム」が追加されている(VSモードのみ)。また「壬無月斬紅郎」も業務用とネオジオ(ROM版)以外のハードではVSモードで使用可能である。

キャラクターイラストは白井影二が担当。

真説サムライスピリッツ 武士道烈伝(1997年)
通称は『武士烈』、『RPG』など。家庭用ゲーム機のネオジオCD、セガサターン(SS)、プレイステーション(PS)で発売されたRPG。

日本を舞台とした「邪天降臨之章」(『サムライスピリッツ』が元となっている)と、全世界を舞台とする「妖花慟哭之章」(『真サムライスピリッツ 覇王丸地獄変』が元となっている)の2本立て。なお、当初はこの2つのシナリオと江戸を舞台にした「魔都封滅之章」の計3つのシナリオの中から、ハード別に2つの組み合わせとする予定だったが、最終的にどのハードも前述の2つの収録となっている。主人公は「覇王丸」、「牙神幻十郎」、「ナコルル」、「ガルフォード」、「橘右京」、「チャムチャム」の6人の中から選ぶ。ちなみに幻十郎は「邪天降臨之章」ではパーティを組めない(「妖花慟哭之章」では疾風の鈴音との2人パーティ)。

ゲーム性はそこそこだが、異常に長いロード時間がとにかく厄介。ハードによって多少違うが、敵と遭遇したら1分待つのは当たり前である。

ネオジオCD版には「緋雨閑丸」の隠しシナリオ(この隠しシナリオには『龍虎の拳』や『ザ・キング・オブ・ファイターズ』のキャラクターが端役で登場する)、PS版には各サブキャラクターのショートストーリー、SS版には黒子の質問コーナーがそれぞれおまけとしてある。

キャラクターイラストは漫画家のしろー大野が担当した。

エンディングテーマの「天空(そら)へ」の歌を担当したのは「KEN(錦織健)」である。

SAMURAI SPIRITS 〜侍魂〜(1997年)
通称は『ポリ』など。SNK自社開発の新筐体ハイパーネオジオ64向けに製作された。グラフィックがこれまでの2Dから3Dポリゴンとなった。この作品及び、これを筆頭とした3Dシリーズは「ポリサム」とも呼ばれる。

システムは『天草降臨』のものを継承した形になっている。また、3Dゲームらしくステージ間移動などのフィーチャーも盛り込まれた。

主人公は「覇王丸」が再び返り咲く。ボスキャラクターは「壊帝ユガ」。

キャラクターイラストも新たに北千里が担当(以後新章まで)。

SAMURAI SPIRITS 2 〜アスラ斬魔伝〜(1998年)
略称は『アスラ』、『斬魔伝』など。こちらもハイパーネオジオ64向け。前作と同様3D格闘ゲーム。

前作に比べると2D風のシステムに戻っている。

主人公は「アスラ」。1P側の初期カーソルも彼に合わせられている。ボスキャラクターは前作に引き続き「壊帝ユガ」。

前作からのキャラクターである「色」の羅刹は「半陰となりし色」、「柳生磐馬」の羅刹は「柳生カラクリ磐馬」、本作の新規キャラクター「アスラ」の羅刹は「反面のアスラ」という様に、修羅・羅刹で設定が明確に区別され、キャラクターデザインも異なる描き分けがされた。また、風間兄弟も、「風間火月」の羅刹は「炎邪火月」、「風間蒼月」の羅刹は「水邪蒼月」とされ、こちらも描き分けがされている。他に今作で描き分けのあるキャラクターは「覇王丸」と「リムルル」と「服部半蔵」と「ガルフォード」がいる。

サムライスピリッツ!(1998年)
ネオジオポケットで発売。デフォルメキャラクターが画面狭しと剣を交える。ネオジオポケットカラー発売前の作品なので、画像は白黒表示である。

ベースは『天草降臨』だが、タイムアタック要素は無い。また登場キャラクターも「シャルロット」と「千両狂死郎」と「タムタム」と「首斬り破沙羅」と「花諷院骸羅」が容量の都合上で削除された代わりに、「色」が隠しキャラクターで登場する。

サムライスピリッツ新章 〜剣客異聞録 甦りし蒼紅の刃〜(1999年)
略称は『新章』、『蒼紅』など。アーケード作品ではなくプレイステーション(PS)にて発売された3D格闘ゲーム。

ストーリーは『アスラ斬魔伝』から約20年後の設定。キャラクターも一新しており、主人公は「九葵蒼志狼」。ボスキャラクターは使用キャラクターによって異なる。過去作から続けてプレイヤーキャラクターとして登場するのは、年を経た覇王丸と服部半蔵(実際には半蔵の息子・真蔵)のみ。ナコルルとリムルルはプレイヤーキャラクターではなく、ストーリー上の重要サブキャラクターとなっている。

登場キャラクターは23人で、あるキャラクターでクリアすると対応するキャラクター(必殺技などが元のキャラクターと同じである事が多い)が使用可能になる。

現時点では『サムライスピリッツ』のストーリーは、実質この作品で完結という形になっている。

サムライスピリッツ!2(1999年)
前作(『サムライスピリッツ!』)と同じくネオジオポケットで発売。ベースは『アスラ斬魔伝』だが、「柳生磐馬」が削除され、使用キャラに「シャルロット」と「柳生十兵衛」が追加されている。

各種条件で入手できるアイテムによりキャラクターの強化が可能。隠しコマンドで使用できる「壊帝ユガ」はこれを使用しないと秘奥義が使用できない。

サムライスピリッツ零(2003年)
略称は『零』など。SNKプレイモア許諾、悠紀エンタープライズ開発。『天草降臨』以来7年ぶりの2D格闘ゲーム。タイトルは当初『サムライスピリッツゼロ』と公表されていたが、程なくしてゼロから零に変更された。

『天草降臨』から導入されていた連斬システムを削除、新たに剣気というゲージを搭載。初代のように一撃が重いゲームに回帰した。また、強斬りのみ、初代や『真』と同様の入力となった(Cが蹴り、Dが後述する「瞑想」)。「修羅・羅刹」システムも廃止され大部分のキャラクターは技が統合、「覇王丸」や「ナコルル」などはその羅刹と同様の性能のキャラクターが追加された(「羅刹丸」、「レラ」など)。

あるキャラクターのエンディングが他のキャラクターのエンディングに繋がるなど、凝ったストーリー構成になっている。

主人公は「徳川慶寅」。2D格闘としては前作にあたる『天草降臨』とは違い、プレイヤーセレクトでの1P側の初期カーソルはちゃんと「徳川慶寅」に合わせられている(2P側の初期カーソルは「覇王丸」に合わせられている)。ボスキャラクターは「兇國日輪守我旺」。この慶寅と我旺と「劉雲飛」の3人は和月伸宏によってデザインされた。また、内藤泰弘が「妖怪腐れ外道」をデザインしている。

隠しキャラクターとして、「ガルフォード」の愛犬・パピーが使用できた。

PS2版(CEROレーティング15歳以上対象)ではネオジオ版の中ボスである「萬三九六」と「黒河内夢路」が使用可能になった(因みに三九六と夢路は続編の『零SPECIAL』には登場しない)。

本作における新キャラクターの声の出演は、内海賢二を筆頭とした賢プロダクションの声優が大多数を占めた。

キャラクターイラストはたっくんが担当。ポスターイラストおよび家庭用ネオジオ版のパッケージイラストは金田榮路。

サムライスピリッツ零SPECIAL(2004年)
略称は『零SP』など。SNKプレイモア許諾、悠紀エンタープライズ開発。『サムライスピリッツ零』のバランス改訂、キャラクター追加版(いわゆる、マイナーアップバージョン)。

システムの都合上により飛び跳ねての投げ合いになりやすい、「妖怪腐れ外道」の前転→コマンド投げが強力無比、あるキャラに反則的なデバッグ技が残されている、など幾つかの問題はあるが、全体としてゲームバランスはシリーズ最良との声が多い。

ストーリーは無く、『ザ・キング・オブ・ファイターズ '98』や『2002』のように、お祭り的要素が強い。

かつてボスキャラクターだった「天草四郎時貞」、「羅将神ミヅキ」、「壬無月斬紅郎」、「兇國日輪守我旺」の4人がプレイヤーキャラクターとして追加された。また、この4人は同作でもボスキャラクターとしても登場する。

残虐表現が『アスラ斬魔伝』以来の復活。しかも「絶命奥義」をはじめ、全キャラクターにこれまでの殺害パターンが復活し、新しいもの(焼死、生首、轢断など)を含む多種多様の殺害パターンが追加という『モータルコンバット』さながらの改修がなされた。歴代で最も残虐表現が多発した作品である。家庭用ネオジオ版での残虐表現については同年6月1日に発生した佐世保小6女児同級生殺害事件に配慮して修正された(胴体斬りなどの演出も削除)が、発売前に一切告知が無かった為に購入者からの苦情が殺到し、結果として物議を醸す事になった。これに対する抗議の署名も行われたが、 SNKプレイモアは個人情報保護の観点から受け取りを拒否した。ただ、一閃のフィニッシュ時に音声バグが起こる等の不具合が発生したため、それについての交換は受け付けた(お詫びの記念品としてナコルルのキーホルダーが発送された)が、先述した本来の残虐・胴体斬り表現については修正はされなかった。

ネオジオ以外の家庭用ゲーム機への移植は前述の理由から現在もされておらず、2008年中にPS2・Wii用ソフトとして発売が予定されている『サムライスピリッツ 六番勝負』にも収録されない。 ただし、海外で発売されるPS2用ソフト『Samurai Shodown Anthology』には収録される。

キャラクターイラストは伊藤サトシが担当。

サムライスピリッツ 天下一剣客伝(2005年)
略称は『剣』、『剣客伝』など。SNKプレイモア許諾、悠紀エンタープライズ開発。MVSの後継としてサミーのATOMISWAVEという業務用ゲーム汎用基板を用いた作品。現時点では2Dシリーズ最終作と言われている。

過去作品をモチーフにした5種類に、今作独自のものを加えた6種類の「スピリッツ」(システム)を選択できる(PS2版ではさらにエディットが可能な「祭スピリッツ」を含めた3種類が追加)。

過去の2D作品に登場したキャラクターほぼ全てが出演し、隠しキャラクター・ボスキャラクターを含めると総勢42名を数える。PS2版ではさらに「パピー」や「チャンプル」などの動物キャラクター、「羅刹ガルフォード(パピーをつれていない)」や「キム・ウンチェ(韓国版の骸羅)」(金雄載)などのEXキャラクターが追加されている。特に主人公は設定されていないと思われるが、初期カーソルは1Pが「徳川慶寅」、2Pが「覇王丸」に合わせられている。ボスキャラクターは「魔界を統べし我旺」。

また、新キャラクター「いろは」のメイド服を和風にアレンジし露骨に胸や脚を強調した服装や、日本の昔話「鶴の恩返し」をベースに旦那様の為に御前試合に出るというストーリーが発表当初から注目された。僅か数ヶ月程でワンコインフィギュアやレジンキットが発売され、更にPS2版の初回出荷分にもフィギュアが特典として付属されている。なお、CPU戦でのいろは専用ステージ「奥州漆山」では、演歌歌手の真帆花ゆり(現・伊吹友里)が歌う「夕鶴の舞」がBGMとなっている。

本作独自のストーリーを持ち、一連の作品と直接の繋がりはなくパラレルワールドとなっている。特に顕著なのはエンディングで、ほぼ全てのキャラクターが自分の理想を実現することにより、『天下一剣客伝』より前の作品の設定や物語とは大幅に異なるものになった。

『零SP』と同様にお祭り的な作品だが、徹底的に残虐要素を廃したり、イラストの絵柄も変わり明るい雰囲気を作り出していて、暗くシビアな世界観を強調した『零SP』とは対照的である。それもあってか、PS2版のCEROレーティングは12歳以上対象となっている。

PS2版はマルチマッチングBB対応。ネットワークを介して通信対戦ができる。

声の出演は「炎邪」、「水邪」、「黒河内夢路」を除き声優が一新された。これについては否定的な意見が少なくない。なお、本作で参加した声優にはアイムエンタープライズ所属者が多い。PS2・Wiiで発売の『六番勝負』では、オプションで一部のキャラクターのみ従来の声優陣で再収録されたものに変更できる。

2009年01月21日

コンロが出現するのは18世紀になってからであり

あらゆる料理は加熱処理された。コンロが出現するのは18世紀になってからであり、それ以前の調理人は直火での調理法に頭を痛めていた。オーブンは使用されていたが、設備に出費がかさむためかなりの大家族かパン屋にあるだけだった。共同体にとり一般的だったのは、一つのオーブンを共同で所有し、誰にとっても重要なパン焼きを共同体の作業と位置づけることだった。移動可能なように設計されたオーブンもあり、食物で一杯にすると赤く焼けた石炭に埋めて加熱された。これより大きなものになると下に車輪をつけ、中世の街角でパイ売りが使用した。だが多くの人々は、簡素なシチューポットで調理を済ませることばかりであった。というのもこれが薪をもっとも効率よく使え、かつ煮汁を無駄にしない方法だったからで、ポタージュやシチューがもっとも一般的な料理だった[4]。多くの証拠によれば、中世の料理は脂質を購入できるかぎりにおいてきわめて高脂質であった。これは過重労働・飢饉・肥満志向の時代には問題にならず、痩せていたのは貧民・病人・敬虔な苦行者だけだった[5]。

果実はつねに肉・魚・卵と組み合わされた。イングランド王リチャード2世付のコック長が残したレシピ集Forme of Cury掲載の魚のパイTart de brymlentのレシピをみると、イチジク・干しブドウ・リンゴ・ナシ・インシチチアスモモと魚(サケと小タラかハドック・・・タラの一種)がパイ皮の中で渾然としている。[6]さらに重要なのはこの料理が現代の医学や食餌療法学の観点からもバランスが取れていることである。この意味は、素材・調味料・スパイスを適切な組み合わせで混ぜ下準備し、その料理において本来の持ち味を引き出したに違いないということだ。例えば、魚は冷湿性なので辛く乾燥したスパイスを調味に用いて揚げ物・オーブン焼など加熱・乾燥させるのが一番であると考えられた。また牛肉は熱乾性のため煮るべきであり、豚肉は熱湿性なのでつねに炙り焼きにすべきである、など。[7] レシピ集のなかには、代替の素材を選んだものもあるが、そこでは味よりも体液の性質に重点をおいている。カリンのパイのあるレシピではキャベツが効果的であり、別のレシピではカブがナシと同格に見立てられている[8]。

本格的な練り込みパイがレシピに出現するのは15世紀である。これ以前は料理の台としておもにパンが使われた。残存しているレシピ集によれば、中世後期には料理法が急速に発達した。練り込みパイや卵白を使った透明なゼリーなどの新しい技術は14世紀後期に現れはじめ、レシピも備忘録としてのメモから詳細にわたる指南書となりはじめる
ほとんどの家庭では、熱を無駄なく使えるよう居住空間の中央にしつらえた炉辺で調理した。そして厨房と食堂がひとつながりになったのが、富裕な家庭もふくめ中世を通じてもっとも普及していた配置である。中世後期にはいると厨房が分離して発達し始める。まず暖炉が広間の壁際に移り、次に厨房専用の建屋ができ、母屋と分離している場合には屋根つきの回廊がつくられた。このようにして煙・臭気・厨房の喧騒は来客の視野から消え、火事の危険も減少した。
ボライズ ピーマン ストー トラ!トラ! ルワン クッツ フーリガン チレース ディーピー マルガリ カツレツ ストアブ オルゴ れいほく ステップ びゃくぐん 横野柿 ストア テーマ サルバド アクティブ ピンぼけ マドラー スコップ スメグマ ドティー スローフ レンチ フェン スロー ミリオン ブカレスト ロボトミ セラム 平和の種 ベルト ヤプー もらーど デンマーク サーンチー ピアノ はちろ パラソル スキップ ランダム モンブ ぶなしめじ セニョーラ ボンボン イアル


貧困層の家庭には高価すぎて手が出ないにせよ、フライパン・ポット・ヤカン・ワッフル焼型など今日みられる台所用品の基本形はこの時期には存在していた。直火での調理に特化した道具としては、小さなウズラから大きな雄牛まで丸ごと串刺しにできる、大きさも材料も様々な焼き串がある。またポットや大鍋を簡単に火からおろし焦げ付きや空焚きを防ぐことができる、調節可能なフック付のクレーンもあった。調理具は直火にあてるか五徳に置かれ熾火にあてられた。調理補助には各種のナイフ一式・攪拌用スプーン・杓子・おろし金があった。中世のレシピでは加熱調理の前後に食品を細かく刻み、つぶし、濾し、味付けすることが多いので、富裕層の家庭では臼・篩布がよくみられた。これは食品をきめ細かくするほど栄養分を効果的に吸収できると当時の内科医が信じていたことに端を発する。またこれは腕のいい調理師にとり自慢の腕を振るう格好の機会だった。舌触りのきめが細かい食品は富と不可分でもあった。たとえば小麦粉は細かく挽くほど高価だったが、一般大衆のパンは茶色できめが粗かった。動物の皮をはぎ血抜きをして肉を挽き、その肉にスパイスや調味料を混ぜもとの皮に戻すか、または全く違う動物の形を作り上げるなどよくあることだった[4]。

高位の貴族や宮廷の厨房スタッフは数百人を数えることもあった。調達執事・パン職人・ウェファー職人・ソースシェフ・食糧庫番・屠殺係・切り分け係・給仕・搾乳婦・食堂執事・その他数え切れないほどの厨房の下働き。平均的農夫の家庭では近所の林で集めた薪で間に合わすものだが、このように大規模な厨房では少なくとも数百人分の食事を毎日二度用意するための補給に取り組まねばならない。サヴォイア公爵アマデウス8世のシェフ長シカールが残した15世紀の料理本Du fait de cuisine(『調理場にて』)には、2日間の宴席の準備にかかる目安が記されている。シカールによればシェフ長は少なくとも荷車千台分のよく乾いた質のよい薪と大きな倉庫一杯の石炭を用意しておくべきらしい

2009年01月14日

レンタルマギカ

「レンタルマギカ」
作画・成宮アキホ、月刊Asuka連載中。
原作小説をコミックス化した作品。
第1巻 2007年5月17日初版 ISBN 9784049250442
第2巻 2007年10月17日初版 ISBN 9784049250527
第3巻 2008年4月17日初版 ISBN 9784049250596
「レンタルマギカ from SOLOMON」
作画・MAKOTO2号、月刊コンプエースにて2007年7月号から2008年5月号まで連載された。
ゲーティア首領・アディリシアを主人公にしたスピンオフ作品。原作ではまだ描かれていないアディリシア幼少時[17]やゲーティア側のエピソードをアディリシアの視点で描いている。
第1巻 2007年10月26日初版 ISBN 9784047139787
第2巻 2008年4月26日発売 ISBN 9784047150515

テレビアニメ
2007年10月から2008年3月まで全国独立UHF局にて放送された。全24話。

オープニング・エンディングでは、主題歌の歌詞自体が映像に含まれ、英語版の歌の回は映像も差し替えられている。次回予告には魔術考証の三輪清宗を模したキャラクターが登場していた[20]。 原作との差異については小説・ドラマCD・漫画・アニメの差異についてを参照。 また、最終回の最後では「バイバイ!?」となっていた事から、続編の伏線と見る声もある。
王様 ケルピ つまごい まさめ ドンタ ラドン スラグ リリース れんがいろ イグアナ ジーユー プロデュポ 寛仁 日野菜 かやべ 睡蓮 リサーチ 鳥のくちばし ながぬま ロット シンビ ロゼ オフデイ トラン ナノチュ シエスタ サンリ ハイル ドルメン シンデレラ せーじ フットギア アムス チャル 雪うさぎ ファム あんず ディレッ ランプ マチュピ とうゆう 竜馬の如く イカオ 春夏秋冬 モンスーン ムイズ しゅくや ユニテリ リードオ パーセク


スタッフ
原作:三田誠・pako
監督:川崎逸朗
演出統括:徐恵眞
企画:安田猛(角川書店)
製作:伊藤敦(角川書店)、小畑良治(角川映画)、酒匂暢彦(クロックワークス)、高野力(IMAGICA)、夏野剛(NTTドコモ)、阿佐美弘恭(NTTドコモ)
シリーズ構成:池田眞美子、三田誠
キャラクターデザイン:芝美奈子
クリーチャーデザイン:橋本英樹
美術監督:太田大
美術監督補:相原澄子
背景:E-cho Animation、じゃっく、ART MAX 、GIMC
色彩設計:岩井田洋
特殊効果:千場豊(アニメフィルム)
撮影監督:奥井厚子、口羽毅
撮影:Assez Finaud Fabric. 、レアトリック
3Dアニメーション:松田健
編集:平木大輔
ビデオ編集:データ・アート、尾上正浩
音響監督:岩浪美和
音響効果:斎藤みち代
ミキサー:武藤雅人
録音:杣澤佳枝
音響制作:グロービジョン
音響制作担当:榎本隆
録音スタジオ:整音スタジオ
音楽:江口貴勅、市川淳、佐藤直紀
音楽プロデューサー:桜井裕子
音楽制作:flying DOG/JVC Ent.
宣伝:蜂屋誠一、西山洋介(角川書店)、宮井紫帆、益子恵(ビクターエンタテインメント)
タイトルロゴデザイン:園夢見
制作協力:難波江宏隆(角川スニーカー文庫編集部)
協力:角川グループ(角川書店、角川映画)(上野新、吉田さをり、晴山多鶴子、門脇一郎、水谷圭、鈴木朝子、菊池未来)、IMAGICA(石沢遼子)、NTTドコモ(風見泰弘、坂井健吾)、クオラス(中嶋義美、室市剛人)、角川メディアハウス(青山秀喜、広川雅人、尾形光宏)、ザ・スニーカー編集部、月刊あすか編集部、コンプエース編集部
プロデューサー:立崎孝史(角川書店)、鈴木智子(角川映画)、武智恒雄(クロックワークス)、陽木哲(IMAGICA)、山口晋輝(NTTドコモ)、川崎とも子(ゼクシズ)
制作プロデューサー:橋本和典
制作デスク:富田暁
文芸担当:内山絵理
設定制作:西垂水理穂
アニメーション協力:A-LINE(第2・3・5・6・8・11・12・14・17-19・21・23話)、スタジオアルタイル(第7話)、PictureMagic(第13話)、アクタス(20話)
アニメーション制作:ZEXCS
製作:レンタルマギカ製作委員会